国際部 関本 征四郎

中小企業診断士の活動領域は幅広く、中でも海外を舞台にした活動は特別な夢を伴うものです。1990年代、中小企業診断協会の国際活動はまだ手探りの状況でしたが、東京協会国際部を中心に海外支援や国際研修が積極的に始まりました。筆者の国際活動は1999年から始まりました。それまで企業内診断士として24年間研鑽を積んできましたが、60才を節目にスタートしたセカンドライフは、「タイ王国研修ツアー」をはじめ、国の内外で思いを形にすべく、さまざまな機会に手を挙げてチャレンジを続けてきました。その中で3つの法人を立ち上げ、多くの仲間たちと力を合わせながら海外事業の発展にもつなげてきました。まさに「継続は力なり」です。本稿では、中小企業診断士の国際活動の黎明期から、24年間筆者自身が歩んできた奮闘と喜びの日々を交えてお伝えします。

1. 「タイ王国研修ツアー」

日本政府はタイ国における中小企業育成支援プロジェクトの一環として、JETRO、JICA、JODC(日本海洋データセンター)、TPA(泰日経済技術振興協会)/TPI(技術振興インスティチュート)などの日本とタイ国の関連機関と協力し1999年より東京支部(現東京都中小企業診断協会)国際部などの中小企業診断士を中心に派遣が開始していました。派遣されている中小企業診断士の方々と現地で親しく懇談、激励する目的で、東京支部主催・診断協会本部協賛の「タイ王国研修ツアー」団長―中小企業診断協会菊池専務理事―が実施されました。その後約10年に亘り、中小企業診断士(およそ延べ30名)が派遣され、タイ国版中小企業診断士/補の仲間が誕生するなど、このプロジェクトは大きな成果を生みました。

海外に中小企業診断士の制度を広める活動は、タイ国が最初ですが、その後JICAやJODC等の国際支援事業として、アジア・中南米・中央アジア等の数か国(17か国)に広がり、その度に我々の仲間が派遣され、中小企業診断士の国際活動が多大な関心を呼びました。
国策としての中小企業診断士の制度を外国に広める活動はこれが最初、協会を通じての中小企業診断士の国際活動も初の試みです。勿論、国際研修ツアーも昨年度20回目の開催となった東京協会国際部の海外研修ツアーに繋がっています。

「タイ王国研修ツアー」の実施に当たり、筆者がその前7年間バンコクに駐在していた関係もあり、ツアーの事務局役の声がかかりました。記念すべきツアーなので、バンコク事情に通じていた筆者は、現地政府関係者や派遣診断士との懇談等を優先しつつ、タイを訪問する人が期待する、食事処やエンターティメント開発に知恵を絞りました。

タイ国をご存じの人は、秋の祭り「ロイカトーン」を知っていると思いますが、タイ国が一番美しくなる11月満月の夜のお祭りを再現し、皆さんに楽しんで貰おうと考えました。
ツアー団宿泊先のホテル支配人に掛け合い、ホテルプールを貸し切り、楽団・歌・踊り・灯篭流しなど、ひと時のお祭り「ロイカトーン」を企画しました。いろいろなネットワークを通じて総勢20名を超えるイベントメンバーを調達、女性軍団の踊りや灯篭流しの体験は素晴らしく、ツアー団の方々の思い出に残ったものと思います。

image001(出典:タイ国観光庁)

2. 東京協会・中央支部国際部の活動

1990年代当時の診断協会国際活動といえば、協会本部に国際部長(それもお一人)がいるのみでした。実際の活動は「ISG-インターナショナルスペシャリストグループ」という任意の国際グループ(会員50数名)が担当していました。海外勤務や出張で多くの知見を保持する錚々たるメンバーが、中小企業支援や診断士の海外活動構築に、喧々諤々、情熱をかけていたことを覚えています。

この「タイ王国研修ツアー」をきっかけに、小生も国際業務に係わるようになり、未だどこの支部にも国際部がない時代、中央支部国際部長(会員約50名)、東京支部国際部長(約10名)などを歴任しました。国際研修ツアーの1、2回は診断協会本部から50万円、3回目からは東京支部からおよそ10回に亘り、50万円の補助金を獲得するなど、この研修ツアーが国際部事業活動の一環でもありました。

又その頃は、診断協会本部にJETROやJODC、中小企業基盤整備機構(中小機構)などから海外における中小企業支援業務、診断士制度の研修などに関する診断士派遣の声掛けがあり、国際部事業として数人の診断士を紹介・斡旋したことがありました。現在は全支部に国際部があり、活発に国際活動をしているさまを見て、隔世の感を覚えます。

3. ODA事業にチャレンジ、創業!

国際活動に関心の深い中小企業診断士7名の同志とODA事業に取り組むべく、コンサルタント会社を立ち上げました。それが株式会社ワールド・ビジネス・アソシエイツ(略称:WBA)です。筆者はODAには全くの門外漢でしたが、仲間の中に二人のJICA事業経験者がおり、その知見などを元に研鑽を重ね、チャレンジが始まりました。

ODA事業といえば予算の執行機関はJICA(国際協力事業)でしたが、当時2年間の実績のない法人は登録事業者になることが出来す、その間の会社の経営維持は大変でしたね。マンションの一室から始まったスタートアップでしたが、売り上げは上がらず、毎月役員から追加出資をしてもらい、家賃に充てたりしていました。

それでもいろいろな縁とネットワークづくりを通じて、AOTS(海外技術者研修協会)研修講師、外務省欧州局ロシア課管轄でロシアに7カ所あるJAPANセンターの日露交流事業―巡回講座/訪日研修などを受託し、売り上げ実績を積み上げていきました。

image0022015年ロシア訪日研修「人形町今半様本店訪問(中央:高岡社長)写真」

3年目になりようやくJICAへの登録がなり、ODA事業に参加することが可能となりました。が、JICAが募集するODA案件「調査業務」「技術協力プロジェクト」等に実績もない事業者の応募ですぐに採択される筈がありません。それでもコンサルタント会社の補強やJVで事業参加をさせてもらいながら、徐々に売り上げを確保していきました。
又、JETROやJODC、中小機構、東京都振興公社等協会活動を通じてつながりの有った支援機関の事業を受注するなど、海外に係わるありとあらゆるネットワークを活用しながら、実績を積み上げていきました。

中小企業診断士で会社に所属しながら海外事業への研鑽を積む人たち、定年になり海外事業に係わったことある人で、セカンドプランとして海外事業に係わりたいと考える人達が、次から次へとWBAへ参加、登録するようになり、現在の中小企業診断士業界で海外に係わる業務に携わる唯一の事業会社?(登録コンサルタント数113名:2023年12月現在)に成長するまでになりました。

小生はこの会社で、創業2年目から代表取締役社長、会長合わせて13年間勤めてきました。来年20周年を迎えますが、3年目からの17年間毎年利益を計上しています。中小企業診断士の集まりで、これだけ長く事業継続が出来ているのも、多くの同志とその熱い思いがあるからでしょうね。現在は、次代を背負う幹部の人たちが情熱を注いてくれています。ご関心のある方はこのホームページをご覧ください。

国際的経済活動・事業活動のプロフェッショナル集団 – 株式会社ワールド・ビジネス・アソシエイツ

4. 3本足で法人経営に携わる

2005年、4人の診断士と「株式会社B.S.JAPAN」というコンサルタント会社を創業しました。診断士業務の資格更新業務に係わる指導員をしている時に、とてもいい出会いがあり、4人の人たちと会社を立ち上げました。代表としての働きが悪く、いつも申し訳ないと思いつつ、とても熱心に業務推進をしてくれる人のお陰で20年も続いています。
今では一番落ち着き、いい時間をくれる居場所です。毎年、仲間の人と出かける海外ツアーも楽しい思い出です。

image0032024年モンゴル視察研修ツアー「ウランバートル近郊大草原」にて

前職を定年した2002年、地元で「コミュニティビジネスのシンポジウム」がありました。こんなビジネスがあるのか!と関心を覚え、そのまま3か月に亘る講座(40人)に通いました。初めて地元と人たちと言葉を交わす内、仕事をしようということになり、任意団体→「NPO法人ACOBA」を立ち上げることになりました。
どういうわけか代表理事に押され、業務開拓をすることになりました、が。全くゼロからのスタートです。
おじさん・おばさん達30人の集まりで、地元でビジネス等皆目見当がつきませんでしたが、市の講座受託・千葉県福祉サービス第三者評価・指定管理者等様々な事業を開発してきました。地域では女性の活躍が華々しく、当ACOBAでは筆者の後2人の女性が代表理事を務めています。今では、地域きっての中間支援法人として、こちらも20年を迎えています。

現在の筆者は、2020年より始めた休眠預金活用事業のPMとして、プロジェクト運営に係わっています。このプロジェクトは「一社:日本民間公益活動連携機構(JANPIA)」からの受託事業で、今3回目:2024~2027年までの3年間で1億5千万円の事業規模、11名のメンバーで取り組んでいます。

振り返ってみれば、60才からのセカンドライフは3本足の取組でしたが、山あり谷ありながら、とても楽しい22年間でした。3法人とも素敵な仲間と巡り合い、信頼し合って前へ前と歩んだお陰です。心より感謝です!

5. 若き診断士の人へ!【おもい・うごく・つづける】

診断士の人たちはとても優秀です。想いがあって診断士の資格を取られ、新しい世界でチャレンジしているわけですから、その実現の為には、あまり事の事前評価をせずに、何事にも手を挙げて活動し、それを継続することが肝要と思います。そして大切なことが「コミュニケーション技術」でしょうね。これも忘れずに高めてください、きっと道はひらくとおもいますよ。

 

■関本 征四郎(せきもと せいしろう)

中小企業診断士の資格は、前職大阪時代32才に取得。診断士活動は60才から開始、上記にあるように3つの法人の立ち上げに係わる。夫々の事業開発・運営に係わりながら、現在に至る。
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